和服に身を包み、長身な男が立っている。片手には、赤褐色の番傘を持っていた。川の方を向いたまま、ピクリとも動かない。一瞬、撮影なのかとあたりを見回したが、男以外には人の姿は見えない。少し考え、俺は男に近づいた。気まぐれと好奇心という名の高揚とした気持からの行動で。男は、砂利を踏む足音に気がついたのかおれの方へと視線を向けた。しかし、俺の方へ視線を向けるが男の視線は俺を見ずに、俺の方へと向いただけだと感じられる。
「何かありましたか」
俺は男の視線の先へと視線を走らせるが、そこには何も見えない。眉を諫めながら、男の方へと視線を戻す。男は、ぽつりと呟く。
「傘はいりますか」
「……傘、ですか」
唐突な言葉に、ただ言葉を返すことしかできない。男はいつの間にか持っていた、くすんだ白い和紙を張った番傘をこちらへと差し出した。俺は思わぬ行動に一歩引きさがる。しかし、そこで頬に冷たい滴を感じた。上を見上げると、きれいな空は濁り濁った色へと変化し、それから滴がひとつ、またひとつと束になり振り落ちていた。束の間でそれは夕立へと変化する。俺は突然の変化に呆然としていると、再び目の前に傘を差し出された。
「体が冷えるといけないでしょうから」
「あ、これはどうも御親切に」
最初の行動に驚きはするも、こういった親切を無下に断るのはいけないだろうと恐る恐る受け取る。思いのほか軽い番傘に驚きつつも四苦八苦しながらそれを開く。
「怯えなくてもそれは普通の番傘ですよ」
前の男が少し笑いを含んだ言葉を発する。俺は少し苦笑いを浮かべ、ふと尋ねた。
「……普通ではない、そんな傘もあるのですか」
前の男は少し黙り、そして腹の底から絞り出したような低い声を紡いだ。
「それをお聞きになるには、貴方様はまだお早い。とてつもない後悔や絶望を味わった時に再びお会い致しましょう」
そう声がしたかと思うと、川の方から水上を走るような不思議な音がした。そちらへと慌てて視線を走らすけれども、何もそこにはいない。そして、再び視線を戻すと男はいなくなっていた。周りを 見回すも初めから何もいないように川の流れる音と雨音が混ざり合う音だけが聞こえる。俺は頭を傾げながら、くすんだ白色の番傘を差しながら家路についた。
終わり
- end -
2008-11
あとがき
今回の話は、何か想像しながら書いてしまったような気がしますよ。答えがわかっても何もあげませんよ。
では、いつものことながらこれは目を閉じて見てしまってください。
では、読んでくださりありがとうございます。
綺兎