オリジナル


電車旅行

いつのまにか電車旅行になっていた。



「やぁ、お若いの電車旅行なのかい」

「えっ」

俺は声をかけられた方を振り返り、初めて自分が『そこ』にいることに気がついた。あたりを見回すと、縦に伸びた車両に横に長椅子が並ぶ。4人が向い合せに並ぶように作られた椅子の中の一つに俺は座っているようだ、耳を澄ませば枕木の上を走る音。そして、その音と一緒に揺れる電車は甲高い音を発する。車両内は人の気配がなく、左横の座席には誰もいない。向かいに一人男性がいるぐらいで。向い合せに座る黒髪に白髪が混ざる30代ほどの男が人の良さそうな笑顔を浮かべている。

視線を向けると、彼は再び口を開いた。

「一人で旅行なのかい」

とても落ち着いた声に俺は二回首を縦に振る。そんな様子が面白かったのか、笑いがあふれる口元を押さえている。時折、溢れた笑いに俺は眉を歪める。俺は居たたまれずに、右側に見える景色に目を移す。俺は困惑に頭を抱える。そして、なぜか前後の記憶を思い出すことができない。けれど、これからどこかに行くのであるという意識がある。目の前の男性は微妙な空気を読み取ったのか、少し俺を眺めると口元から笑顔を消した。俺は息が詰まるような気がして、右横にある晴れ晴れとした爽快な空と広大な高原を映す窓へと視線を逸らす。

 広大な景色はいくらたっても変わらずに草原のススキ野原を映し出している。遠くには緑が豊かな山が見える。そして、いくらたっても太陽は真上に居続ける。俺は反対側の方を見ようとした時に顔を両手で固定されてしまう。男は首を振る。その表情は無表情のままである。そして、小さな小さな声で言う。

「君はまだ旅行するには早い」

男性はとても寂しげに言葉を続ける。

「だから、家に帰ることを勧めるよ。」

「家……」

俺はぼんやりと声を出す。家という単語が記憶と結びつかない。俺は自分自身に違和感を芽生えさす。

「それと次は、道を渡るときはちゃんと確認することもお勧めする」

「道……」

男の言葉に首をかしげる俺に男は言葉を続ける。最後に何かを思い出し、微笑むように言った。

「娘に、すまなかったと伝えてほしい」

そして、呆然と男の話を聞いていた俺の腕を突然引っ張ると、電車の窓を開け放つ。男は人形のようなにこやかな笑顔ではなく、豪快な笑顔を浮かべた。

「映画のようなスタントをやってみたいと誰しも思ったりすることがあるだろう?」

俺が困惑していることにも構わずに、悪戯を思いついた表情したかと思うと、思いっきり窓の方へと俺の腕を引っ張り突き落す。俺はあまりの突然に目を瞑る。閉じる直前に見えた男は満足そうにピースをしていた。俺は何かを言おうとしたが、何を言うのかを思い出せずにそのまま落ちていく浮遊感に絶叫を上げた。



「あなたはっ」

そこで記憶の霧がはれたが、全ては終わった後だった。

頭がひび割れるように痛い。俺は真っ黒な視界を開かせようとまぶたに力を入れる。真っ白なシーツと薬品臭い匂いが鼻につく。俺はゆっくりと横に視線を向けると、シーツも何もないがらんどうとしたベットに思い出が詰まりすぎたベット横の小さなテーブルへと目を走らす。写真と花束、それらを片付けようとした女性が無表情に荷物を片付けようとしている。そして、俺に視線を向けると痛々しげに微笑む。

「お大事にね」



その女性が片付けようとした写真立ての写真に、視線が止まる。そして、慌てて立ち上がるとふらつく足取りで女性の手から写真立てを抜き取る。女性の父親と女性の幼い頃の写真のようである。何も言わずに豪快に俺を投げ飛ばした笑顔がそこに映っている。

「……彼は」

彼女は訝しげな表情で、床の方へと指をさした。俺は女性に写真立てを握らせる。

「なぜ俺に何も貴方達は言わないんだ」

その発言に女性は驚いたように、目を見開くと弱弱しく笑う。そして、手を俺の方へと伸ばしたかと思うと、それは頬へと振られた。平手をされられた俺の頬は地味に痛む。しかし、そこまで強く平手をされなかったようで、本当にただ地味に痛むだけである。言葉無く立ち尽くしてる俺に女性は微笑む。

「痛みは何も生まないの、だから許すの。だけど、許さないわ」

そういうと、女性は切なそうに笑った。そして、俺の頬を指で擦るようになぞると、そのまま部屋を出て行った。俺は、追い掛けようとしたが振り返る際の横顔が、弱弱しく唇を噛んでいたのを見てしまい、足が立ちすくんでしまった。身内を亡くせば、どれ程気丈に振舞おうが落ち着いてるはずがない。

その時、立ち尽くしてる俺を見つけた看護婦が怒鳴る。俺は、看護婦の言葉を聞かないまま言葉を切りだす。

「彼の部屋へ連れて行ってください」

俺は空いたベットへと指を示す。その行動に看護婦は益々表情を怒りへと変えた。しかし、早く聞かなければ奇跡は起きないかもしれない。

「彼のところへ」

俺は視線をそらさずに看護婦へと視線を向ける。そんな俺に看護婦は目を逸らし、ため息を一つ零すと一番下に行けば分かるわ、とぽつりと零す。

「私は、何も見ていないから」

そういうと、看護婦は居なくなる。廊下へと顔をのぞかせると夕刻に廊下はオレンジ色に染まっていた。俺は誰もいないのを確認すると急いで、階段を走り下りる。階段を降りるたびに自分の周りの温度が一度下がるように感じる。

初めからこの状態はおかしいと思う。それは、何かがあるのだろうかもしれない。その何かがまだあれば間に合うかもしれない。足からふと力が抜けるように感じながらも、目的の場所へとたどり着いた。

慰霊室に彼の名前が表示されていた。俺はゆっくりドアに近づく。ひんやりとしたドアノブへと手をかけた。

「自殺志願者を助けるほど、悲しいことはないじゃないか」



「旦那さん、一人旅とはうらやましいね」

男は顔を下に向け、陰鬱な空気をまき散らしていた。電車音がそれに哀愁を足している。しかし、俺の声に男は慌てたように俺の顔を見やる。口をパクパクとさせ、声を出すことができないようだ。

「人間は不公平だからこそ、何人も合わさって平行を作り出すんだ」

俺は男性の顔を真似するようないたずらな笑顔を浮かべる。

「旅は道連れなんだよ、旦那さん知っていたかい?」

首をかしげている男にウィンクすると俺は男性の手をひっぱり思いっきり窓へとぶち当たった。そこには元から窓などなかったかのようにすんなりと体が落ちていく。意識が靄にかかる。振り払うように手を握る。男性もそれにこたえるように握り返した。



頭が頭痛で目が回る。手首から血をあふれさせていたのだから、血が足りない状況なのだろうか。『あの状況』になるためには死にかけなければいけない。体が弱っていたせいか、元から血が足りていなかったのかすんなりとその状態に、持っていくことができたようなのである。俺は男の胸が上下に動くのを確認しながら、俺はそのまま意識を落とした。



俺が自殺しようとして、路上を歩いた。それをお人よしが助けて二人してひかれる。しかし、二人は生き残った。

素晴らしくハッピーエンドである。さらに、死神列車に自殺志願の想いを落としてきてしまったようで、この世界をまだまだすごさなければならないようだ。





- end -

2008-11-07



あとがき

最初これを文化祭に出すつもりでした。

色々あって完成させるまで持っていけませんでした。

とりあえず、ざっと書けたので載せておきます。

綺兎