オリジナル


だるまさんがころんだ


「だるまさんころんだ」

耳元で声がした。中性的な声で、とても楽しげに囁かれた。楽しげな声と反対に俺は、根こそぎ体温を奪われていく気がした。





「優一くん、昔神社で遊んだこと覚えてる?」

電話口に出ると、何もつけずにそう切り出された。俺は電話のディスプレイ表示を確認する。そこには、相手の番号が表示され、幼馴染の椎名だと確認できる。

椎名から、突然電話を貰うことは、イコール問題が起こり、迷惑を被ることに繋がる。昔はガキ大将とも呼ばれていた少女は、今では立派に成長し、一見変ったように思われる。しかし本質は未だに変わらず、強引に引っ張られ、たびたび面倒をかけさせられる。

「神社……」

俺は電話口で、記憶をたどる。そして、薄ぼんやりと木々に囲まれた小さな神社を思い出した。

俺の暮らす町には、一番南端に位置するところに神社がある。小さく、人気がない場所だが、俺たちにとっては、恰好の遊び場になっていた。しかし、椎名に聞かれるまで、その事をすっかり忘れていた。いつの間にかそれは記憶の奥底にしまわれていたようだ。

「それがどうしたんだ」

俺は首をかしげる。時期が春ということで、お互い大学は休みに入っている。夏ならば祭りがあるだろうが、今の時期に神社に何か用事があるはずがない。

「明日、あそこで集合ね」

椎名は、そう一言言い残すと電話を切ってしまった。空しい電子音が耳元に響いてる。俺はため息を吐きだし、受話器を置いた。またガキ大将が何かを企んでるのか。俺は憂鬱な気持ちで明日を考え、再び溜息を吐いた。



「いってきます、母さん」

母さんは穏やかに笑って、俺を送りだす。沈痛な面持ちをした俺に、母さんは、プロポーズはムードが大事ですよ、と的外れのアドバイスをくれた。玄関前に飾られている祖母の写真に手を合わせる。玄関から出た。外には俺の心持を裏切るように、綺麗な青空が広がっている。俺は気持ちを奮い立たせ、懐かしい神社へと向かった。



「遅い」

顔を見合せて最初の言葉がそれなのか。俺は、顔を歪ませる。椎名は、ふわふわとした長髪に、活発な格好をして、階段のそばに立っていた。その階段を上れば、小さな神社が姿を現す。階段には、椎名以外にも、先客がいた。幼いころ遊んだ仲間たち。彼らの中の一人が、俺を見ると意地悪く笑う。

「よっ、遅刻魔」

彼は、俺の肩に腕を回してくる。俺よりガタイの良い体に、力負けをしてふらつく。不満げに眉を寄せ、彼を見た。彼は……白木は、昔と変わらず豪快に笑う。そんな笑いに、昔と同じように俺は、苦笑いを浮かべるにとどまる。憎めない奴だ。



「暑苦しい」

眼鏡を指で押し上げ、にやりと笑みを作る男。華奢な体格だが、知的な雰囲気と、鋭い眼に俺は息をのむ。しかし、それも一瞬で和らぐ。

「久しいな優一」

俺に、彼は親しげに話しかけてくる。佐伯は、冷たいような雰囲気を持っているが、仲間には情が厚い。彼の隣には、小柄でおとなしい雰囲気を持つ女性と長身で快活な女性が肩を並べている。

二人は、霧島と羽賀は、正反対の性格をしているのに中が良い。霧島はこちらを見ると優しげに微笑んで、羽賀は意地の悪い笑顔を浮かべた。

「ダメ男三人組が勢揃いって感じね」

羽賀の言い方に、霧島は慌てて羽賀の肩を揺する。羽賀に佐伯は歯牙にもかけない様子で不敵に笑った。

その様子が、羽賀にますます拍車をかけ、羽賀の眉間にしわが寄る。それを慌てて霧島が止めている。

幼馴染が全員揃うのは、ずいぶん久しぶりだな。俺は、そんな皆の様子を眺め、椎名に視線を移す。椎名は、賑やかな様子を無表情で眺めていた。そして、俺の視線に気が付き、視線をこちらに向ける。しかし、椎名の表情は笑顔だった。気のせいなのか。俺は言いようのない不安を感じた。

「変わらないな、皆」

俺は、気を紛らわすように椎名に向かって言う。椎名はおれの言葉に頷く。

「確かにね、遅刻男も遅刻男のままだったし」

椎名の言葉に俺は、口元がひきつる。椎名は、鼻で笑うと階段を上って行ってしまう。俺も後を追う。後から、全員階段へと昇ってくる。小さな神社に不似合いな豪勢な階段。何段あるのかは、見ただけでは分からないが、木々を割るように神社へと長々伸びている。昔は、この階段を走って駆け昇っていたなと、体力が落ちた自分を悲しく感じる。登りきって上がった息と、早い鼓動を落ちつけるように、その場に立ち尽くす。視線を前に向けると、昔見た景色と変わらないが、変わってしまった景色が見えた。ぼろい屋根をした神社は、昔よりもとても小さく見える。そして、一層侘しく見える。それは木々に囲まれ、神聖な雰囲気に包まれている神社。後ろへと振り返ると、木々を割るように下に延びる階段と、下に建てられている鳥居が見える。涼しい顔をした椎名が、顔を覗き込んでくる。

「体力ないね」

「体力ありすぎるのも、どうかと思うが……」

俺は、上気した顔を逸らす。俺の言葉にガキ大将の片鱗を椎名は見せてくださった。突然、俺の首に腕を回すと力強く締め上げる。

「く、苦しい」

「なんていったんだろう、今?」

「な、なにもいってない。冗談だ、冗談」

あまりの力強さに、俺は左右に高らいっぱい首を振る。気が遠くなる瞬間に、椎名は首を放した。俺はその場で座り込みせき込んだ。死ぬかと思った。眼尻に涙を浮かべ、俺は不満げに、椎名に視線を向けると、椎名は笑顔を浮かている。

「言い足りない?」

「滅相もない」

俺は慌てて、手を挙げる。その様子を羽賀が可笑しそうに見ている。

「尻にひかれてるね、旦那さん」

俺は羽賀を睨むと、羽賀は慌てて、神社へと歩き出す。俺はため息を一つ吐き出し、羽賀に続くように、石畳の先の神社へと足を進める。神社の前には、守るように狛犬の像が両側にあった。俺は、狛犬に視線を移す。立派な牙をもつ狛犬。もしこんな犬がいたら恐ろしいなと、気を取られていると突然肩を叩かれた。大げさに振り返る俺に、白木は体を揺らす。

「な、なんだよ、驚くだろ。……話聞いてたか?」

「い、いやまったく」

俺は、早くなった鼓動に手を当てながら、肩を叩いた椎木に首を振る。白木は、指で神社の奥を指差した。

「奥に秘密の地下室があるんだと」

「なんだよそれ」

「俺が言ったんじゃない」

俺は、目を訝しげに椎木に向ける。椎木は手を大げさに振りながら、視線で椎名を指し示す。椎名は、皆に向かって声高らかに宣言する。

「な――んと、ここにはお宝があるのっ」

誇らしげに椎名は言う。みんな目が点になり、静かになる。佐伯は、眼鏡を押し上げると無言で来た道を戻ろうとしていた。

「佐伯、どこへいくんだ」

俺は、その腕を掴む。被害者を減らすわけにはいかない。

「離してくれ、用事を思い出した」

俺を引きずりながら立ち去ろうとする佐伯に羽賀が、先ほどのお返しのように鼻で笑う。

「逃げるのね、駄目男」

羽賀の言葉に、佐伯の足が止まる。振り返ると、佐伯の目が鋭く羽賀を射抜く。

「逃げるとは、心外だ」

佐伯と羽賀は熱烈とした言い合いを始めてしまった。あまりの剣幕に圧倒され、俺は佐伯の手を放し、後ろへと下がる。言い合いをし始めてしまった負けず嫌いな二人を止めるのは一人しかいない。

「やめなよ、二人とも」

霧島が困ったように眉を寄せる。二人の間に入った霧島に、言い合いが収まる。二人は、お互いに顔を見つめると顔をそらした。霧島はそんな二人に、困惑とした視線を送る。視線に耐えきれなくなった二人が謝っている。どちらも霧島には弱いらしい。

その時、背後で豪快な笑い声がする。

「そりゃ、すごいな」

白木が椎名の話を聞いて、目を輝かせている。椎名は、白木をすっかりと手なずけていた。二人の喧嘩を見ているうちに、話は淡々と進んでいたようだ。

「おい、これはいかなきゃ損だ、埋蔵金が埋まっているらしいぞ」

白木、椎名、お前ら一体何歳なんだ。俺は、諦めた表情で羽賀、佐伯、霧島に視線を移したが、それぞれ視線に気づくと左右に首を振った。誰も、止める事は出来ないようだ。

「じゃあ、行こう!」

椎名が掛け声を出して進みだし、その後ろに白木が楽しげに後に続く。そして、歩みが遅いながらも俺、佐伯、霧島、羽賀も続いた。





木々の中に、古びた木材で入口を形成している地下が隠れていた。木々は腐り気味でいつ落ちてくるか分からない……ではなく、綺麗に舗装されていた。何かの神聖な入り口なのでは無いだろうか。しかし、先頭の二人は気にした様子もなく、石の階段を下りていく。俺は、慌てて二人を止める。

「ここは、さすがに不味いんじゃないか」

俺の頭の中で、嫌な予感が鳴り響いている。しかし、白木は俺のおびえた表情を見る。

「怖いのか? 大丈夫だって俺がいれば何だってなぎ倒してやるさ。なんてな」

そして、悪戯をした少年のような表情をして、片目でウィンクした。そして、先へと進んで行ってしまう。そんな白木にやれやれと言いながら佐伯も、入口へと潜り込み、羽賀は佐伯に負けるのが嫌なのか慌てて、追いかける。背後の霧島に視線を向けると霧島が困ったような表情で俺を見つめる。

「優一君……」

「あぁ、悪い」

俺も慌てて、入口の階段に足を下ろそうとすると、霧島が俺の腕を掴む。俺は、体を震わせている霧島に頭をかしげる。大丈夫か、と声をかける前に霧島が声を震わす。

「なんだか、行っちゃいけない気がするの」

俺は、呟いた霧島に声をかける前に、奥から俺たちを呼ぶ声がした。霧島は俺の腕を慌てて離すと、顔を俯かせた。そして、俺に微笑み、なんでもないよねと呟き、ゆっくりと入口へと入り込む。取り残された俺は、霧島の震えが伝染したかのように、身を少し震わせてから嫌な予感を頭から振り払う。その時、木々が風で揺れ、音がするのにびくりと体が跳ねる。俺はそんな自分自身に苦笑いを浮かべ、階段へと足を踏み入れた。



階段を降りるとせまい通路がまっすぐ延びていた。木の板を張り合わせ、下は石を並べ、石畳になっている。神社の前にあった石畳と同じもののようだ。俺があたりを見回している間に、椎名は懐中電灯を俺たちに配ると、すぐ奥へと歩き出していた。白木が茶化すように怪談話を話し始める。追いかけてくる幽霊や、手が伸びてきた話。多様多種な話をしていくと霧島よりも羽賀が蒼い顔をし始め、霧島に抱きついている。そんな羽賀に、佐伯は鼻で笑う。

「あ、あんたなんていつか泣くことになるんだからね」

「そんなことはありえない」

毒舌女王も、いつもより怖さが半減している。佐伯は、余裕の笑みで羽賀の言葉を流す。俺は、二人に視線を向けていたおかげで、白木の背中に顔面からぶつかった。いつのまにかとまっていた白木は、感嘆のつぶやきを漏らす。

「広いな……」

白木の背中から、前を覗き込むと広々とした空間が前に広がっていた。その広い空間に社があった。小さな社の後ろには、池がある。地下水が流れ込んで出来ているのだろうか。そして、その空間の奥の天井に切れ目が入り、外からの明かりが射しこみ、広い空間を照らしていた。白木は社に近づく。社の前には椎名が立っている。その椎名の後ろ姿が、一瞬揺らいだ気がした。俺はふらつき、白木の腕を掴む。

「おい、大丈夫か?」

「あ、あぁ」

俺は、なぜかここを懐かしいと感じた。そして、椎名の後ろ姿が、誰かとかぶって見えた。俺は、体勢を立て直す。そして、椎名は、振り返ると苦笑いを浮かべる。

「埋蔵金でもなんでもなかったよ」

開き直ったように、笑いだす椎名。俺達は、そんな椎名に昔と同じように項垂れた。そして、笑いをこらえられずに全員で笑った。楽しげな笑い声が広い空間に木霊する。



「ひさしぶりだから、記念に遊んで行こうよ」

椎名は一言そう呟くと奥の壁に近寄り、手を置き背後を向ける。その様子に当てはまる遊びを思い出し、皆は立ち上がる。

「行くよ」

椎名の声が一瞬固くなった。みんなは口々に楽しげに話している。そして、椎名とは反対側の奥へと立つみんなが並ぶ。俺は、ふと椎名の声の硬くなったことに、違和感を頭の中で考える。

社へと目をやり、そして、昔の記憶がおぼろげに引き出される。祖母がこの神社で遊んではいけない遊びを言っていた。絶対行ってはいけない遊び。

「やめろ椎名っ」

俺は慌てて声を張り上げた。しかし、すでに遅かった。椎名の声と同時に俺の全身に鳥肌が立つ。

「だるまさんがころんだ」

椎名が一言つぶやくと、社の中からガラスに罅が入った音がした。

そして、椎名は振り返る。椎名の顔が、ちょうど陰になって見えない。しかし、口元が笑っている。俺は、金縛りにあったかのように動けなくなる。それに気がつかないのか、背後から羽賀の不思議そうな声が聞こえた。

「優一なに必死に……」

その時、羽賀の息をのむ声がした。そして、羽賀の叫び声が木霊する。恐怖に引き攣ったような声に、寒気がする。俺は慌てて、羽賀へと視線を向ける。しかし、そこには羽賀が落とした懐中電灯だけが残されていただけだ。

「お、おい羽賀はどこだよ」

白木は弱弱しい声を上げる。羽賀がいた場所に、羽賀がいない。霧島も怯えたように首を振る。佐伯も、目を見開き言葉を発さない。白木は、あたりを見回して、椎名のいたあたりを見つめる。

「し、椎名もいない」

俺は、急激に下がったような温度を肌で感じながら言う。祖母が言った言葉を思い返し、範唱する。

「ここは鬼の陣地だ」

俺を、佐伯は訝しげに見つめてくる。

「遊んではいけない遊びをすると、鬼が目を覚ます。そして、あの呪文が聞こえたら動いてはいけない」

「なんだよ、その夢物語はっ」

白木は、怒りをあらわにしたように俺の胸元をつかみ上げる。俺へ不快な色を宿した目で見つめてくる。俺が茶化そうとしたように見えたのだろう、苛立ちを露わに声を、荒げる。

「お前は、心配じゃないのかよっ」

「や、やめようよ」

霧島が慌てたように、白木を止める。白木は、俺を一瞥睨むと俺から手を離す。俺は、そのまま床に力無く腰を落とす。



「とりあえず、あの二人のいたずらかもしれない。一旦外へ出よう」

佐伯は、そう言うと後ろへ振り返る。しかし、そこには壁があった。まるで、最初からあったと言わんばかりの岩肌を見せている。佐伯は、息をのみこんで壁に手を触れる。先ほどまでなかった壁に、誰もが言葉を失う。

「いったいなんだよ、これはっ」

白木が壁を、素手で殴りつける。しかし、壁は微動だにしない。霧島は床にしゃがみ込み、蒼い顔で震えている。そんな霧島に気がついた白木は、霧島へと手を伸ばし、頭を撫で安心させようと笑顔を作る。そんな二人に、佐伯は所在がない視線を辺りに彷徨わせた。俺は、壁へしゃがみ込んだまま頭を抱えこみ、腕を握りしめる。

しばらくの無言が続き、時折水が垂れる音が、静かに響く。先ほどの笑い声も何処か昔のことのように遠く消えてしまった。霧島がぽつりと呟く。

「無事……なのかな」

涙声を含んだ声に、俺は消え入りそうな声で答える。辟易と答える。

「いまのところは、な」



その答えに、白木は我慢できなくなったように、俺の方へと向かってきた。

「お前、何を知ってるんだよ」

白木の視線が上から注がれる。俺は上へと視線を向けると、まっすぐに結ばれる。俺は唇を強くかみしめ、そして顔を逸らす。

「昔……、同じ事をした」

これは、昔行った遊びである。ここで、椎名と彼と俺で行った。忘れがたいことだったのに、記憶から消えたことが信じられない。



白木が俺に近づき、体を引っ張り上げる。

「何をしたんだっ」

俺は体を震わしたまま、言葉を紡げなかった。白木は、俺を乱暴に壁にたたきつける。痛みに俺は、呻く。そして、白木の腕が高く振り上げられた。俺は茫然とそれを見つめる。その前に、俺は横から伸びてきた佐伯の右手に叩かれた。俺は叩かれた頬に手をやり、佐伯に目を向ける。



「目が覚めたか」

佐伯は、俺を鋭く睨む。静かに怒りを、宿している佐伯に俺は目を見張る。口の中が、鉄の味がする。切れたようで少し痛み顔をしかめる。

「退避する前に、現状を見ろ」

佐伯は静かに言う。その言葉に、白木はバツが悪そうに、俺を見て目をそらす。俺は、佐伯、霧島、白木へと視線を向ける。そして、目を閉じ、早くなっていた鼓動を落ち着けた。まだ間に合う。逃げられると、信じるんだ。



「俺は、この状況に陥ったのは二回目なんだ」

俺は、自嘲気味に笑う。ここには、神様が閉じ込められていると、たびたび祖母に言われていた。それを、椎名に言い、そして椎名の弟である菊池に言ったのだ。彼らと、ここで遊びを行った。そして、菊池は帰ってこなかった。

「俺と椎名のその時の記憶。そして、菊池の記憶は皆から消えたんだ、今まで」

俺は、何があったのか知らない。だから、解決法は分からない。そういうと、全員が黙り込んでしまった。そして、白木が俺に呟く。

「さっきは……、悪かった」

そして、それと同時に声がした。中性的な声があたりに響いた。

「だるまさんがころんだ」

楽しげに聞こえる声に、体温が一気に奪われるような気がして身構える。ゆっくり辺りに視線を向ける。そして、ふと、霧島に視線を向けると、蒼い顔で唇を揺らし、視線が揺れる。霧島は既に恐怖で限界になっていた。叫び声を吐き出す唇が開く。しかし、それは抑えるように白木の手が塞いだ。

「あ、動いちゃったな」

白木がおどけた様な声を上げる。突風が不自然に吹き、咄嗟に眼を閉じてしまう。そして、眼を開けば、白木の姿が消えている。そして、引き換えに嫌な気迫が鎮まる。

佐伯は、一か所を向いて、呆然としている。霧島は信じられない様子で、首を振り左右に振る。

「うそ……、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ」

霧島が、目にいっぱいの涙を浮かべて立ち上がると、壁を叩きだす。何かが外れてしまったように叫び続ける。

「やだ、やだよ、返してかえしてよっ……」

手に血が滲み始めたのに、俺は慌てて霧島の手を押さえる。しかし、霧島は止めようとした俺を見つめると言い放つ。

「あんたのせいだ、あんたの……っ」

俺は、霧島の怒りの目に体がこわばる。霧島は、はっとしたように口を紡ぐ。

「……悪い」

俺の手が、声が震える。俺が早く気がつけばよかったのに。白木も、羽賀も、椎名も。そして、あいつも。すべては俺が原因だ。俺は霧島から目をそらし顔を伏せる。

「違う、違う……の、優一君は悪くない」

霧島は、そんな俺に首を振って泣き崩れる。そして、霧島は泣き続け、ぷっつりと意識が切れたように寝てしまった。俺は、霧島を横たえると、佐伯に振り返る。佐伯は顔を伏せたまま動かない。そしてふと、佐伯の背後に目をやると光が、オレンジ色になっているのに気がつく。もう夕方に近づいている。その事に、俺の頭の中に警告音が鳴る。暗くなったら、危険だ。なぜだ。頭が、割れるように痛くなり、頭を手で押さえる。何か大切なことを忘れてる。



「優一、そんなに悩むな。別にお前が悪いわけじゃないだろ」

佐伯は、いつの間にか頭を擡げ、心配そうに俺を見つめてくる。俺は、無理やり笑顔を作ろうとした時、音がした。

土をこする音がする。足音がした方向を見つめると、人形のよう椎名が立っていた。

「違う、彼が悪いのよ」

静かな声が響いた。死んだように冷たい視線で、口を開く。

「あなたが悪いのよ」



椎名の瞳が、赤く光っている。椎名は異形な眼を細めた。椎名の立ち位置が太陽の差し込み光の陰に立っている事に記憶が結ばれた。俺は、椎名に笑いかける。そうだ、簡単なことだったんだ。



「椎名、悪い。お前に鬼なんてさせる気は起きないんだ」

そう俺は、社に走り出す。椎名がとっさに口を開くが、飛びかかった霧島にその口を塞がれる。そして、俺は、小さな扉を開く。小ぶりなひびの入った鏡が、俺を歪めて映す。俺は、それをつかみ上げると、差し込む太陽の光に向かって差し出した。

鏡は、光を吸収したように罅が綺麗に繋ぎあわされ、最後に金属と金属がぶつかり合う高い金属音がした。そして、俺はバランスを崩し体が池に落ちる前に、体を捻り鏡を佐伯に投げつける。綺麗に輪を描いて、鏡は佐伯の手の中に落ちる。

「佐伯、社へ」

佐伯は、頷くと社へと収める。同時に空間に響く鈴の音がした。小さな社の扉は固く閉ざされた。俺は、不敵に椎名に笑顔を向ける。そんな俺に椎名はしゃがれた声を出した。

「優一は、また邪魔をするんだね」

椎名が倒れこむのを見ながら、俺の意識は闇へと遠のいた。





病院のベットは居心地が悪い。純白一色で、消毒液の匂いが好きじゃない。しかし、俺は大人しくベットの上で、横たわっていた。体が鉛のように重く動けない。首の辺りに温かさを感じ、重い瞼を開ければ、首に手を当てられ、締め上げられるような形で、椎名を見つめた。

「し、いな……」

「菊池は大事な大切な私の弟なの。私が忘れてしまったらあの子はどうなるの。ねぇ、だから代わりに……」

「菊池なんて、もう居ないんだよ」

彼は、捕らわれた。もう戻ることは出来ない。

「大切な人だったのよ」

「が……っ」

首を力いっぱい手で絞められる。気管が細められ息ができなくなる。俺は、微笑みを浮かべて、そっと椎名に手を伸ばし、頬に触れる。俺の手が頬に触れると、椎名は、目を見開き、手の力を緩めた。

「げほっ……」

空気が一気に肺に送り込まれ咽る。視界が涙でぼやけた。そして、耳元で声がした。

「次は、鬼を捕まえるから」

視界がはっきりとした時には椎名の後ろ姿が、ドアから消えてくのが見えた。

「椎名っ……」

鬼になった人間を取り戻すには、鬼を捕まえれば取り戻せる、そのかわり新しい鬼が必要になる。だから、

「椎名は鬼になりたかったのか」

それじゃあ、意味がないだろう。椎名が鬼になったら、会えないじゃないか。俺は重くなる瞼を止めることができないまま、目を閉じた。

次に目を開けたら、皆が立っていた。皆が無事でよかったと、伝えたくても唇が動かない。

「俺たちも、不幸だよな」

惚けたように、白木が言う。みんなも苦笑いを浮かべる。そして言う。

「うっかり、肝試しをした穴から出れなくなるなんてな」

そう言う彼らに、俺はさびしげに微笑んだ。



俺は覚えている。もう忘れるわけにはいけない。そして、責任を取らなければいけない。



俺は、またあの社の前にいた。病院から抜け出したままの恰好で、少し寒い。春といっても、気温はまだまだ肌寒い。あの時と同じように太陽の光が、隙間から社を照らす。俺は大きく言った。

「はじめのいーっぽ」





次の日、新聞には神隠し、不思議な現象が発生、十年ぶりに少年を発見。それらの見出しが新聞紙に躍る。俺は、新聞紙を閉じた。そして、手元に光る小さな鏡に自分を映す。ひび割れた鏡。これをもち続ける限り鬼からは逃げられない。逆に、鬼も俺から逃げられない。

「逃がす気もつかまる気もないから」

鏡に映った自分の片目が、赤く光る。依り代として、俺は鬼に半分は囚われた証拠として。俺は、死んだら鬼に食われるだろう。けれど、今だけは幸福に身を浸したい。俺は新聞に映る写真をぼんやりと見つめた。





新聞記事には、少年が姉と抱き合っている写真が載せられていた。





- end -

2008-?

あとがき



おつかれさまです。

徹夜で書いたために、もう軽い文章になってしまいました。ごめんなさい。

とりあえず、もっと時間に余裕をもって書いていきたいと思います。



話がおかしいです。

もう、いろいろともう駄目です。



では、目でもつぶって読んでください。



ではでは。

綺兎